初の3D上映作品『チキン・リトル』概要とあらすじを解説!

チキン・リトル

前作「ホーム・オン・ザ・レンジ」を節目に3DCG作品の製作に力を入れたディズニー。そんなディズニー初となる取り組みのテーマに選んだのは、ウォルト・ディズニーがかつて短編映画を製作したことがある『チキン・リトル』でした。今回は、そんな過去のチキン・リトルとの違いに触れながら概要やあらすじを解説していきます。

チキン・リトル 概要

チキン・リトルは、ディズニー長編映画第46作目にあたり2005年に公開されました。ディズニーとしては初の3DCG上映された作品で、3Dメガネをかけながら鑑賞することができました。
原作はイギリスの有名な寓話をアレンジしたものとなっており、1943年にウォルト・ディズニーが戦時中に短編作品として製作した話とも異なった作品になっています。

チキン・リトル 短編作品との違い

1943年にウォルト・ディズニーにより短編作品化されたチキン・リトルは、戦時中で「嘘に騙されないで」というメッセージを伝えるために製作されたため、ディズニーには珍しいバッドエンドとなっております。それに対して、2005年版はハッピーエンドで締めくくられている点が旧作と新作で大きく変わる点です。また、両作品いずれにも悪役(仲間を連れ去る役)が登場するのですが、旧作が「キツネ」なのに対して、新作は「エイリアン」となっている点も大きく異なっています。

チキン・リトル あらすじ

ある日、街で標識のかけらが落ちてきたのを空のかけらが落ちてきたとチキン・リトルが騒いだことにより、街は大混乱に陥ります。マスコミまで駆けつける事態となりますが、実際はチキン・リトルの勘違いで、街の人々からなんでこんな騒ぎを起こしたのかと怒られてしまいます。この現場に一緒にいた野球選手の父は、あまりにも心配性で騒ぎを起こしてしまった情けない息子にがっかりします。

空が落ちてきた騒動以来、街の人どころか父からも見放されてしまったチキン・リトルは、野球の試合に張り切って活躍し、父を喜ばせるのでした。しかし、そんな平和な日々も長くは続かず、今度は本当に空のかけらがチキン・リトルの目の前に落ちてきたのでした。しかし、前回の件で反省したチキン・リトルはいきなり騒ぐのではなく、まず友達にこのことを相談しにいくのでした。すると、そのかけらに興味を持って触った友達がUFOに連れ去られてしまいました。

驚いたチキン・リトルは街の人たちにこのことを知らせようと鐘を鳴らしに行くと、UFOは危機を察知して、飛びたってしまいました。そこには小さいエイリアンが1匹残されていました。このことを街の人たちに知らせるのですが、街の人たちはまた嘘をついていると思い、誰も信じてくれませんでした。しかし、今度は本当にUFOとエイリアンの大群が街を襲い始めるのでした。

エイリアンはビームを放ち街を襲い、ビームに当たった物は跡形もなく消え去ってしまうのでした。この事態に街の人たちは大パニックを起こしますが、チキン・リトルは子どものエイリアンを探しに来ただけで、子どもを返せば帰っていくのではないかと考え、父と仲間たちと子どもを返しにUFOに乗り込もうとするのでした。しかし、あと一歩のところでエイリアンのビームに当たってしまうのでした。

ビームにあたったチキン・リトルでしたが、気づけばUFOの中にいるのでした。実は、エイリアンのビームは物を跡形もなく消し去っている訳ではなく、ただUFOの中に移送しているだけだったのです。そこには子どもを探しているエイリアンがいて、チキン・リトルが考えた通り、侵略したかった訳ではなく、子どもを探すために街を探し回っていただけでした。無事、エイリアンたちに子どもを返すとエイリアンたちは全てを元どおりに戻しました。こうして一躍街のヒーローとなり、街の人たちに讃えられたチキン・リトルは父にも認められ、勇気と自信を持って行動すれば、周りは認めてくれることを学んだのでした。

あとがき

私はキングタムハーツでチキン・リトルを初めて知り、今回記事を書くにあたって、初めて作品を鑑賞してみたのですが、最初は頼りなく心配性なチキン・リトルでしたが、作品の終盤では、ゲーム中のイメージより頼もしく、勇気のある一面が見れて楽しく鑑賞することができました。ディズニーとしては初の試みとなる本格的な3DCG作品でノウハウもないところからの製作だったそうですが、その割には違和感なく見れる作品でした。ここにジョン・ラセターが加わるのはもう少し後のことになります。

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